【夏目かをる 恋愛小説】眠れない夜 第二章~今日子の場合(3)

【夏目かをる 恋愛小説】眠れない夜 第二章~今日子の場合(3)

眠れない夜…大人の上質な恋愛小説はいかがですか? 第二章、WEBメディアの編集長としてキャリアを積む独身・今日子は年下の彼氏・坂口健太との順調な恋愛を楽しんでいた。そんな時、5年前に別れた江口貴彦から手紙が届く―。動揺を隠せない今日子はノブミツのバーへ。優しいノブミツの言葉に今日子の目から涙が溢れてきた。


▶この記事をWOMeのアプリでサクサク読もう♡ コスメから大人の恋愛事情まで…

第一話を読む
第二話を読む


「こんばんは。あら、今日子、いたの」

香川真由美がコートのまま、今日子の隣に座った。

「泣いているの?」と心配する真由美に「私の毒舌に、笑いこけてしまったのよ」と、ノブミツが真由美におしぼりを出した。

「外は寒いわ。今夜も雪になるかしら」

息を吐きながら、手袋をしたまま手をこすり合わせる2歳年下の真由美はホットワインを頼んだ。普段はロングヘアをアップしているが、寒さのせいか今夜の真由美は背中まであるロングヘアだった。ほつれた髪を無操作に手で整えるしぐさが色っぽい。

「そうだ、今日子、ネットに出ていたよね」

スマホを取り出した真由美が今日子のインタビューが掲載されている画面を差し出した。先月受けたビジネスサイトの取材インタビューを真由美が目ざとく見つけたのだ。

「写真も素敵よ」

真由美がノブミツに画面を見せていると、鈴の音と共に扉が開き楠本百合が「ご無沙汰しています」と二人に声をかけた。

離婚調停中の百合を『カフェ ソサエティ』で見かけたのは、久しぶりだった。連絡を控えていたが、百合の明るい表情にほっとした。真由美も弾むような声で百合に声をかけた。

「ちょうどよかった。今日子のインタビュー記事がネットに公開されているの」
「どれどれ」と真由美のスマホで 記事を読む百合が、「『キャット』のことも書いてある!」

と興奮しながら、スクロールしていく。

Getty logo

『キャット』は麻布十番にあった老舗のカフェだ。サブカル雑誌の取材がきっかけで『キャット』に頻繁に通うようになると、今日子より前から常連の百合と真由美という気の合う友達ができた。その後『キャット』のママからノブミツを紹介された三人は、ママが田舎暮らしを決意して店を閉店してからノブミツのバーの常連客になったのだ。

「『いきなり女性サイトの編集長に抜擢されるなんて人生には想像が及ばないサプライズの瞬間があるとわかりました』。これって、今日子らしいよね」

「らしい、らしい」と真由美も賛同する。
「私らしいって、どういうこと?」

首を傾げながら、今日子は空になったグラスをノブミツに渡した。

「今日子はね、チャレンジジャーなのよ」と百合。
「チャレンジャー?」
「そう。挑戦しているから、サプライズな出来事が起こるの。新人アーティストの発掘のためにコンテストを推進したり、主婦の在宅ライター育成講座を設けたり、人生育成にも力を入れるなんて、すごいわ。今の時代は自分のことでいっぱい、いっぱいの人が多いし、企業は売上至上主義だから、育てるという発想が乏しくなりがちよ。でも今日子は風穴をあけたのよ」

真由美の絶賛をうのみにできなかった。サブカルライター時代に育ててくれる先輩が周囲にいなかったため、手探りの取材や執筆に苦労をしてきた。あの頃の自分が必要としていたことを、実現しただけだと今日子は思っている。

「サブカルライター時代のことも載っているわ」

百合が記事を読み上げていくと、ノブミツも「ほ~」と珍しく感嘆した。

「何だかとても恥ずかしいわ」

まるで自分の人生がたった10行ぐらいで語られるような気がした。でも人生には人に言えない秘密も多い。だから過去は膨大な記憶の連続なのだと今日子は思う。

Getty logo

店を出ると、雪からみぞれに変わっていた。傘に積もっていくみぞれの重さを感じながら駅に続く坂道を下っていくと、カバンの中で転送された手紙がまるで息をしている生き物として潜んでいるような気がした。

今日子の足は日比谷線ではなく、JRの改札へと向かっていった。健太に会いたい。雪のためか、午後10時過ぎのJRは普段よりも乗客が少なかった。溶けた雪が、滴となってぽたぽたと傘から落ちている。

西荻窪駅に着くと、粉雪が迎えてくれた。健太にラインしたが、返信がない。個展まで工房に籠って最後の仕上げをする予定のはずだから、ラインに気がつかないくらい集中しているのだろう。

顔だけ見たら帰ろうと、ロータリーを渡って商店街から路地に入った時だった。レンガ造りの小さなカフェの前で、足が止まった。窓際の席に、健太とロングヘアの女性が向き合いながら、お茶を飲んでいたのだ。

「あの人は確かジュエリースクールの健太の生徒……」

切れ長の目に漆黒の髪はまるで日本人形のように美しかった。窓からの雪あかりに照らされた健太から、こぼれるような笑顔が広がっていった。まるで恋人同士のような光景に、今日子は愕然とした。このまま立ち去るか、それとも窓の外から健太に合図をしようかと迷っていると、ラインの着信音が鳴った。ノブミツだった。

Getty logo

「手紙のこと、気になるね」

ノブミツの思いやりに胸が熱くなる。

「開店少し前に来てよ。一緒に開封してみよう」

年中無休の『カフェ ソサエティ』は午後7時ごろにノブミツが開店準備を始めるという。

「ありがとう。週末に行けると思う」

ほっとしながら返信をすると、ノブミツが即座に「大丈夫?それまで大丈夫?」とたたみかけてきた。

「年下の彼もいいけど、年上とも付き合ってみたら。独身だから恋は自由よ。今日子が気を使うよりも、気遣ってくれてしかも包容力のある男を見逃さないようにね」

独身だから恋は自由。

ノブミツのアドバイスを口ずさみながら、空を仰ぐと、粉雪がどんどん降りてきた。まるで宇宙に散らばっている星が次々と舞い降りてくるような錯覚にとらわれると、寂しさが急に募っていく。夜空には果てしない孤独が満ちているような気がして、今日子はぶるっと震えた。

ノブミツに「おやすみ」と返信してから、健太にコールしたが、健太はスマホを手に取ることはなかった。カフェの窓から手を振ってみたが、目の前の女性をまっすぐに見ながらお喋りを続け、しかも楽しそうに笑っている。不思議なことに想像していたような激しい嫉妬はなかった。ただ眠りたかった、泥のように眠れたら、雪が解けた世界のように、新しい光を浴びることができるような気がした。

踵を返して西荻窪駅に向かう。雪道に新しい足跡が続いていった。

Getty logo

夜のうちに雪がやんで、朝から小春日和のような陽気になった。早朝の会議が終わると、編集部の向井葵が小走りに駆け寄ってくる。

「編集長、今夜の氷室先生の受賞パーティーには必ず参加してくださいね」
今日子ははっとしてスマホを開くと、カレンダーに予定はなかった。

「しまった」

忘れたことが氷室に知られると、きっと叱られるだろうと慌てたが、ぼさぼさの長髪であくびをする氷室の眠そうな顔を思い出すと、笑いがこみ上げてきた。氷室恭介は時代劇からミステリー、恋愛小説までと才能豊かな作家で、女性サイトでも連載を持っている。一年に及ぶ連載が一か月前に終了して、次の新しい連載の構想中だった。

「どうしよう」

グレーのセーターにブラウン色の幅が広いパンツスタイルでパーティーに参加するわけにはいかなかった。だが夕方までぎっちりアポが入っている。着替えのために自宅に戻る時間もない。

「こんな時は百合が頼りね」

百合が勤務するアパレル会社に電話をかけると、すぐに百合に繋がった。事情を説明して
「ワンピースを貸して」とお願いすると、会社の製品を貸し出すとコストがかかるからと気を使ってくれた百合が、自分のロッカーに予備で置いているワンピースを貸してくれるという。

「助かるわ。今度ご馳走するね」

すると意外な答えが返ってきた。

「それより、私もパーティーに連れて行って」

以前の百合からは想像できないような弾んだ声だった。

(つづく)


作家 夏目かをる



本サイトに記載する情報には充分に注意を払っておりますが、この記事の情報及びこの情報を用いて行う利用者の判断について、完全性、正確性、有益性、特定目的への適合性、その他一切について責任を負うものではありません。この記事の情報を用いて行う行動や、判断・決定は、ご自身の責任において行っていただきますようお願い致します。

この記事のライター

ワーキングウーマン2万人以上の取材をもとに、恋愛、婚活、結婚をテーマにコラム、ルポ、小説など幅広く活動中。

関連する投稿


【夏目かをる 恋愛小説】眠れない夜 第二章~今日子の場合(15)

【夏目かをる 恋愛小説】眠れない夜 第二章~今日子の場合(15)

いよいよ最終回。周囲の反対にあい望まれない出産を選択した千恵を見て今日子は何を思うのか。


【夏目かをる 恋愛小説】眠れない夜 第二章~今日子の場合(14)

【夏目かをる 恋愛小説】眠れない夜 第二章~今日子の場合(14)

第二章、WEBメディアの編集長としてキャリアを積む独身・今日子。過去の自分の隠しておきたかった出来事を百合に告白し涙が止まらなくなる――。


【夏目かをる 恋愛小説】眠れない夜 第二章~今日子の場合(13)

【夏目かをる 恋愛小説】眠れない夜 第二章~今日子の場合(13)

第二章、WEBメディアの編集長としてキャリアを積む独身・今日子。ミステリーだった過去からの手紙の理由が明らかになって安心する今日子だった。


【夏目かをる 恋愛小説】眠れない夜 第二章~今日子の場合(12)

【夏目かをる 恋愛小説】眠れない夜 第二章~今日子の場合(12)

第二章、WEBメディアの編集長としてキャリアを積む独身・今日子。助けた妊婦は無事に出産できたが、身元不明だという。


【夏目かをる 恋愛小説】眠れない夜 第二章~今日子の場合(11)

【夏目かをる 恋愛小説】眠れない夜 第二章~今日子の場合(11)

第二章、WEBメディアの編集長としてキャリアを積む独身・今日子。思わぬことで妊婦を助けることに…。


オススメ情報

dummy

人生100年時代 40代からの転職術

業界最多の非公開求人からご希望に沿った求人をご紹介、あなたの転職を成功に導きます。


リクルートエージェント


dummy

母であり妻であり、そして“働く女性”であり。働き続ける女性を応援!

業界最多の非公開求人からご希望に沿った求人をご紹介、あなたの転職を成功に導きます。


リクナビNEXT


最新の投稿


宮本真知のタロット占い【5月20日(月)~5月26日(日)の運気】

宮本真知のタロット占い【5月20日(月)~5月26日(日)の運気】

あなたの心に寄り添いながらそっと背中を押してくれると評判のタロット占い師、宮本真知がお届けする週間タロット占い。直観を信じて…今週のあなたの運気は?


理由もなく不安…  それ、更年期が原因かもしれません【更年期は人生が輝くチャンス #46】

理由もなく不安… それ、更年期が原因かもしれません【更年期は人生が輝くチャンス #46】

特に理由もないのに、なんだか漠然と不安…そんなことが更年期には起こります。でも大丈夫。その理由が更年期だとわかればきちんと対処することができます。ではなぜ更年期は漠然と不安になるのか? 対処法について更年期の専門家NPO法人ちぇぶら代表の永田京子さんに教えていただきました。


水谷さるころさんインタビュー<後半> 人との違いを恐れず自分らしい生き方を【#FocusOn】

水谷さるころさんインタビュー<後半> 人との違いを恐れず自分らしい生き方を【#FocusOn】

水谷さるころさんへのインタビュー後半!イラストレーター・マンガ家・グラフィックデザイナーのさるころさんの著書『結婚さえできればいいと思っていたけれど』(幻冬舎)、『どんどん仲良くなる夫婦は、家事をうまく分担している。』(幻冬舎)はご自身の結婚・離婚・事実婚の経験を基に描かれたコミックエッセイです。インタビューではさるころさんの結婚観、家族感、人生観を伺いました。


未婚女性のアラフォーセックスクライシスについて【すずね所長のオトナ夫婦の寝室事情#34】

未婚女性のアラフォーセックスクライシスについて【すずね所長のオトナ夫婦の寝室事情#34】

アラフォークライシスはセックスにも影響を及ぼします。今回は特に未婚女性のアラフォーセックスクライシスについてセックスレス問題の大家、すずね所長こと三松真由美先生に語っていただきました。


2019年5月 後半編(5/15~5/31)の運気【雨宮なおみの12星座占い】

2019年5月 後半編(5/15~5/31)の運気【雨宮なおみの12星座占い】

ライターとして長年占い原稿を執筆するうちに独学で占術を学び、頼まれもしないのに周囲を占っていたら「当たる!」と評判になった雨宮なおみさん。5月後半の運勢のポイントを要チェックです。


友だち追加






人気記事ランキング


>>総合人気ランキング
WOMeアプリダウンロードバナーPC_news_フッター