【夏目かをる 恋愛小説】眠れない夜 第二章~今日子の場合(12) | 大人のワタシを楽しむメディア
【夏目かをる 恋愛小説】眠れない夜 第二章~今日子の場合(12)

【夏目かをる 恋愛小説】眠れない夜 第二章~今日子の場合(12)

第二章、WEBメディアの編集長としてキャリアを積む独身・今日子。助けた妊婦は無事に出産できたが、身元不明だという。


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取材が終わったのは、夕方の5時過ぎだった。

さくらい産科クリニックに電話を入れると、新田医師は不在で、今日子が運んだ身元不明の女性は、出産後にぐっすりと寝ているという。 

ロビーに戻って、スマホでメールをチェックすると、これから編集部に戻ってすぐに着手しなければならない仕事は一つもなかった。編集部に電話を入れると、サイトの存続危機から今日子の右腕になった向井葵が「お疲れさまです」と元気な声で労ってくれた。

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「氷室先生のインフルエンザ騒動は、大変だったでしょう。こっちもいろいろよ」とため息をつくと、「何があったんですか」と聞き上手な向井に誘導されて、妊婦をクリニックに運んで、分娩室の前で誕生に立ち会ったこと、妊婦の身元不明が原因で印象室に呼び出されたことなどを話すと、向井も「ミステリアスですね」と好奇心を丸出しにした。

「編集長、慰労を兼ねて、ホテルに一泊して温泉で癒されてください。明日は休日なんですから」

そういえば明日は土曜日だった。曜日感覚がなくなるほど、夢中で仕事をしていた。

「東京に戻る途中に、そのクリニックを尋ねて、身元不明の妊婦を見舞ってみるというのもいいですね。企画のネタになるかもです」

と、今日子の仕事熱をあおる。向井葵には、すっかり見抜かれてしまったと苦笑いしていると

「それに私、実は明日、山梨に用事があって。お昼から、なんですけど」と向井。
「あら。そうなの。もしよければ、こっち来る?」

チェックアウトが澄んだ頃に、向井が富士レークホテルに立ち寄ることになった。向井と一緒にカフェでお茶をしながら、湖と富士山を眺めるのも、悪くない。

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電話を切ってからフロントで宿泊を申し出た。するとわざわざ支配人がやってきて、部屋を案内してくれた。シングルの部屋が満室のため、西館にあるツインの部屋のドアを開けると、薄いクリーム色で統一された部屋には、ツインのベッドと小さな可愛らしいテーブルが置かれていた。旅情が漂う部屋だった。今日子は富士山が見える窓側のベッドに横になって、夕闇に包まれるシルエットを厳かな気持ちで眺めていた。音はなく、聞こえるのは今日子自身の息遣いだけだ。

富士山がやがて夜の闇に包まれそうになると、今日子ははっと気が付いてバックからスマホを取り出し、シャッターを切った。サイトに掲載できそうな幻想的な風景に、心が躍った。それから宮内に、愛車は明日返すとメールを送っていると、フロントから電話がかかってきた。

「さくらい産科クリニックの新田医師からお電話がありました。お手数ですがクリニックに電話をして欲しいとのことです」

今日子が富士レークホテルで取材すると話したことを新田医師が覚えていたのだろう。すぐに折り返しをすると、新田医師の年齢よりも若々しい声が響いた。

「仕事は終わられたのですか」
「ええ、終わりました」
「ではこれから東京に戻るんですか」
「それが、富士レークホテルで一泊することになったんです」
「そうですか。よろしければ、明日東京に戻る前に、山本さんを見舞ってもらえませんか」

山本というのは、今日子が助けた妊婦の名前だった。

「身元が分かったのですね。よかった」

今日子は安堵感と共に、明日また是枝事務局長と会うかもしれないという期待と不安が入り混じった複雑な気持ちに包まれた。

「ぜひ山本さんに会ってあげてください。それでは失礼します」

念を押す新田医師の声がきびきびとしている。きっと患者思いなのだろう。今日子は深いため息をついた。朝から立て続けにいろんなことが起こり、しかも過去の扉が突然開いたのだ。チクチクと心が痛む。感傷的な気分に支配されそうになると、窓の外の富士山がじっと自分を見つめているような気がした。神々しい山は、神そのもののようだ。今日子は富士山に背を向けて、ノブミツの電話番号をプッシュした。

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「今日子よ。今、話せる?」
「グッドタイミング。あたしもラインしようと思っていたところ」

ノブミツの野太い声が飛び込んだ。

「転送された手紙のミステリー、わかったわよ」

探偵業を営んでいる中学の同級生に調べてもらったという。ノブミツのネットワークの広さに感嘆すると、

「今日子、まずあんたが心配するようなことはなかったわ」と今日子を安心させた。
「5年前まであんたが住んでいたマンションの大家の認知症が進んだのよ。今日子が引越しをしてから届いた元カレのカードや手紙を処分できなくて、とっておいたらしいのよ。認知症の進行が進んだ大家が、今日子の新しい住所に転送したってわけ。人生、何が起こるかわからないわね」

ほおっという深いため息が漏れた。予想外のことに、今日子は言葉も出なかった。

「元カレから届いた手紙のことを、大家さんはどうして今日子に連絡しなかったんだろうね。それも認知症が進んだせいってことかしら」

ノブミツの推測通りだろう。

「ありがとう。おかげで気が抜けたというか」
「今夜はぐっすり眠れそうね」 

じゃあねというノブミツに。「ちょっと待って」と、今日子は妊婦をクリニックに運んだこと、そして、クリニックで初恋の男にそっくりな事務局長に会って、ドキドキしてしまったことを、打ち明けた。

作家 夏目かをる



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この記事のライター

ワーキングウーマン2万人以上の取材をもとに、恋愛、婚活、結婚をテーマにコラム、ルポ、小説など幅広く活動中。

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