【夏目かをる 恋愛小説】眠れない夜 第二章~今日子の場合(13)

【夏目かをる 恋愛小説】眠れない夜 第二章~今日子の場合(13)

第二章、WEBメディアの編集長としてキャリアを積む独身・今日子。ミステリーだった過去からの手紙の理由が明らかになって安心する今日子だった。


▶この記事をWOMeのアプリでサクサク読もう♡ コスメから大人の恋愛事情まで…

第一話を読む
第二話を読む
第三話を読む
第四話を読む
第五話を読む
第六話を読む
第七話を読む
第八話を読む
第九話を読む
第十話を読む
第十一話を読む
第十二話を読む


ここはどこだろう。

目が覚めた今日子は二度瞬きをしてから、やっと河口湖の富士レークホテルに宿泊していることを思い出した。

ノブミツと電話で話してから、富士山が展望できる貸し切りの温泉に一人でゆったり浸かってから、部屋で久しぶりに日本酒を飲んだら、酔いが回ってしまった。浴衣のまま、ベットに横になって、そのまま寝てしまったのだ、

Getty logo 25b7f2c61b43cc8578dbdb4391bff44f15fecbfdcfd25ce56be1fa24f6dc74a2

起き上がってカーテンを開けると、朝焼けの富士山が目に飛び込んできた。後光が差し込む頂上には、天上人が住んでいるような錯覚をもたらした。

朝食までまだたっぷり時間がある。

バスルームの前でスリッパを脱いで裸足になると、足の親指の赤いペテキュアが爪先のあたりで少し剥げていた。熱いシャワーを浴びると昨夜ノブミツに電話をしてから、やっと落ち着いたことを思い出した。転送された手紙の真相、そして初恋の男に似た男性に出会ってしまったことも、ノブミツに打ち明けたら、これまで心をがんじがらめに縛っていた縄のようなものがするするするっと解けてくるような、軽いめまいを覚えた。

「あんたが初恋の男に未練を感じているんじゃないのよ。初恋の男の義理の娘にやったことが原因で、娘と百合を重ね合わせてしまったのよ。罪悪感があったからね」

図星だった。ノブミツの洞察力に言葉もなかった。

夫に愛人がいることがわかってから、どんどん変化していった百合。そして飛鳥といういじめから救ってくれた友人に再会してから、百合が生きる勇気をもらったことを知ると、たまらなく百合に謝罪したくなった。でも百合の顔を見るたびに、初恋の男の義理の娘の顔と重なってしまって、面と向かって言えなくなる。それが苦しかった。

Getty logo 25b7f2c61b43cc8578dbdb4391bff44f15fecbfdcfd25ce56be1fa24f6dc74a2

洗った髪の毛をタオルでくるみ、バスローブをまとい部屋のソファーに座って、テレビのリモコンを押した。ニュースではヨーロッパで起ったテロ事件が報じられ、台湾で人気沸騰の女優が失踪した謎に迫り、また日本では北海道で地震が起こったことが報道され、世界はいつ事件に見舞われるか分からないと力説していた。

人生はいつどんなことが起こるかわからない。でも窓から見える富士山は、騒々しく変化する世界とは無関係に、悠然とした姿をたたえていた。今日子は立ち上がって、スマホを手に取った。夢中で百合の電話番号をプッシュした。

5度目のコールで、「おはよう。早いね、どうしたの」といういつもの優しい百合の声が耳にするするっと流れた。

「百合、私ね、百合に謝らなければならないことがあるの」

途端に熱い涙が頬を伝わっていく。

「もしもし。今日子、どうしたの」

百合の声はあくまでも優しかった。その優しさが今日子の心をゆっくりと癒やしていった。

Getty logo 25b7f2c61b43cc8578dbdb4391bff44f15fecbfdcfd25ce56be1fa24f6dc74a2

初恋の人は、隣に引っ越してきた男性だった。

沈丁花の香りに誘われて庭に出てみると、大きなトラックから荷物が運ばれ、長身の男性がてきぱきと業者に指示をしていた。トラックが去ると、男性は庭に水を撒きながら鼻歌を歌っていた。

隣の家の二階にある出窓から、毛並みの良いグレーの猫が外を見下ろしている。

「ブルー、ここだよ」

男性が猫に手を振った。猫に向かって満面の笑顔を見せる。17歳の今日子はすっかり魅了されてしまった。

どきどきしながら、男性を眺めていると、今日子が飼っている白い猫のホワイトが突然隣の家の庭に入り込んで、バケツをひっくり返した。それがきっかけで今日子は男性と話をするようになる。

男性の名前は水口新太。35歳の研究者だった。

水口が飼っているロシアンブルーとホワイトが秋の陽だまりの中で、じゃれ合っているのを水口と一緒に眺めた。弾むようなわくわくした感情の高まりと、幸せ過ぎて心が締めつけられるような痛みが入り混じった。

「これが恋なのね」と宝物をいとおしむように、心の中で何度も反復した。あの親子が引っ越して行くまでの短い間に、何度も。幸せはあっという間に終わってしまった。

「今日子が私に謝罪したいのは、初恋の男性の義理の娘に、私を重ね合わせているからね」

電話の向こうの百合は、今日子を慰めてくれた。過去はもういいのよ、と。

「でも私は自分を許せないの」

水口の引越しから10日後に、水口の妻と娘が越してきた。妻は水口よりも7歳年上の42歳で、夢見がちなおっとりした女性だった。娘の菜穂子は今日子と同じクラスに転入した。いつもどこか遠くを見つめている菜穂子は、自分の世界を固守しようという自尊心に満ちていて、独特の雰囲気を持っていた。

今日子のほのかな初恋物語はそこで終了するはずだった。

「私には菜穂子さんをいじめた記憶がほとんどないの。いじめグループにいじめられていたのを無視したことぐらいしか覚えていないの」

菜穂子がいじめグループに取り囲まれたときに、何度も今日子に助けを求めた。怯えた表情で、目で「助けて」と訴えていたのだ。

その日の放課後も今日子は目をそらして、その場を去った。菜穂子の悲鳴が聞こえる。暴力に負けまいという菜穂子の抵抗する声が何度も何度も聞こえる。耳をふさいで、その場から走って立ち去ったが、教示と罪悪感がじわじわっと湧き出てきて、今日子は隣の家に向かった。偶然に水口が仕事から帰ってきたばかりだったので、ことの次第を話すと、水口は血相を変えて、義理の娘を助けるために全速力で駆けていった。

「翌日から菜穂子さんが学校を休んだの。入院したそうよ。それから一か月も経たないうちに、隣はみんないなくなった、猫のブルーも」

今日子は床に座り込んだ。一気に話し込んだために、放心状態になってしまった。スマホを持つ手から力が抜けていく。

「もしもし、今日子」

百合の声にはっとして、スマホを握りしめた。

「今日子は初恋の男性の義理の娘さんをいじめた時もあったけど、最終的に助けたのよ」

百合の声が耳に強く響いていく。

「でも、挨拶もなしに越したのよ。きっと私を憎んでいる」
「まさか。急に引っ越すことになって、挨拶どころじゃなかったのよ」
「そうだったらいいけど」

いつの間にか泣いていた。

「ずっとずっと、恨まれているんじゃないかって、初恋の男に」

涙がいつまでも流れていく。まるで子供のように泣き続ける今日子に、百合が母親のように慰めた。

「今日子、悲しいのは、恨まれているという不安じゃないのよ。初恋の人がふいにいなくなったからなのよ」

いなくなった。彼がいなくなった。心に空洞ができたように、虚しかった。埋め合わせるものもなく。

「17歳で初めて喪失感を知ってしまったから、悲しいの。でもそれを知ったから、今日子は大人になっていったのよ」

百合の優しい言葉が、今日子の涙をいつまでも誘い出していた。

作家 夏目かをる



本サイトに記載する情報には充分に注意を払っておりますが、この記事の情報及びこの情報を用いて行う利用者の判断について、完全性、正確性、有益性、特定目的への適合性、その他一切について責任を負うものではありません。この記事の情報を用いて行う行動や、判断・決定は、ご自身の責任において行っていただきますようお願い致します。

この記事のライター

ワーキングウーマン2万人以上の取材をもとに、恋愛、婚活、結婚をテーマにコラム、ルポ、小説など幅広く活動中。

関連するキーワード


夏目かをる 恋愛小説

関連する投稿


【夏目かをる 恋愛小説】眠れない夜 第二章~今日子の場合(15)

【夏目かをる 恋愛小説】眠れない夜 第二章~今日子の場合(15)

いよいよ最終回。周囲の反対にあい望まれない出産を選択した千恵を見て今日子は何を思うのか。


【夏目かをる 恋愛小説】眠れない夜 第二章~今日子の場合(14)

【夏目かをる 恋愛小説】眠れない夜 第二章~今日子の場合(14)

第二章、WEBメディアの編集長としてキャリアを積む独身・今日子。過去の自分の隠しておきたかった出来事を百合に告白し涙が止まらなくなる――。


【夏目かをる 恋愛小説】眠れない夜 第二章~今日子の場合(12)

【夏目かをる 恋愛小説】眠れない夜 第二章~今日子の場合(12)

第二章、WEBメディアの編集長としてキャリアを積む独身・今日子。助けた妊婦は無事に出産できたが、身元不明だという。


【夏目かをる 恋愛小説】眠れない夜 第二章~今日子の場合(11)

【夏目かをる 恋愛小説】眠れない夜 第二章~今日子の場合(11)

第二章、WEBメディアの編集長としてキャリアを積む独身・今日子。思わぬことで妊婦を助けることに…。


【夏目かをる 恋愛小説】眠れない夜 第二章~今日子の場合(9)

【夏目かをる 恋愛小説】眠れない夜 第二章~今日子の場合(9)

第二章、WEBメディアの編集長としてキャリアを積む独身・今日子は年下の彼氏・坂口健太との順調な恋愛を楽しんでいた。そんな時、5年前に別れた江口貴彦から手紙が届く。健太の浮気現場を見てしまい動揺した今日子は交通事故にあい病院に搬送されてしまう。ようやく退院できたと思ったら今度は編集部員が大量に突如やめたと連絡が…。


オススメ情報

dummy

人生100年時代 40代からの転職術

業界最多の非公開求人からご希望に沿った求人をご紹介、あなたの転職を成功に導きます。


リクルートエージェント


dummy

母であり妻であり、そして“働く女性”であり。働き続ける女性を応援!

業界最多の非公開求人からご希望に沿った求人をご紹介、あなたの転職を成功に導きます。


リクナビNEXT


最新の投稿


【#FocusOn】「セックスレスの状態がなぜ不満なのか考えてみてください」医学博士 山下あきこさんインタビュー<最終回>

【#FocusOn】「セックスレスの状態がなぜ不満なのか考えてみてください」医学博士 山下あきこさんインタビュー<最終回>

前回は“男女はなぜすれ違ってしまうのか”ということについて医学博士の山下あきこ先生に教えていただきました。今回は“セックスレスは脳科学で解消されるのか”というお話です。インタビュー最終回です。


【雨宮なおみの12星座占い】2018年12月 後半編(12/15~12/31)の運気

【雨宮なおみの12星座占い】2018年12月 後半編(12/15~12/31)の運気

ライターとして長年占い原稿を執筆するうちに独学で占術を学び、頼まれもしないのに周囲を占っていたら「当たる!」と評判になってしまった雨宮なおみ。ひょんなところからWOMe編集部に発見され、満を持して連載スタート!


もう我慢できない!夫にストレスをわかってほしい時の伝え方【幸せ夫婦コミュニケーション術 #91】

もう我慢できない!夫にストレスをわかってほしい時の伝え方【幸せ夫婦コミュニケーション術 #91】

夫へのストレス、ずっと我慢してきたけどもう限界! 何とかしてわかって欲しいと思いますが、ネガティブな話をするときは冷静でいることが不可欠。ケンカにならず解決するには、「心の距離」を保ちましょう。伝わりやすい話し方を意識すれば、険悪な空気を防げます。どんな伝え方が良いか、お話します。


【#FocusOn】人間は浮気するもの 『不倫』著者:脳科学者 中野信子さんインタビュー<第一回>

【#FocusOn】人間は浮気するもの 『不倫』著者:脳科学者 中野信子さんインタビュー<第一回>

なんともストレートなタイトル『不倫』。脳科学者の中野信子さんが書いたこの本のなかにはあらゆる角度から人間は浮気をするものだ、ということが、これでもか!と書かれています。ショッキングな内容ではありますが、これを知ると少し楽になるかもしれません。そこで今回は中野信子さんに改めて「なぜ、人間は不倫するのか」ということについてお話を伺いました。その第一回目です。


更年期あるある 胸やけ・胃腸の不調 ケア方法【更年期は人生が輝くチャンス #35】

更年期あるある 胸やけ・胃腸の不調 ケア方法【更年期は人生が輝くチャンス #35】

若いときはもりもり食べてもへっちゃらだったのに、この頃は食欲があまりなくなってきた。そんなことはありませんか? 更年期に、食欲が減ってしまったり、胸やけや胃腸の不調で悩む方も少なくありません。今回は、更年期によくある食欲不振や、胃腸の不調のケア方法についてお伝えします!


友だち追加






人気記事ランキング


>>総合人気ランキング
WOMeアプリダウンロードバナーPC_news_フッター