
「おかえりなさい!」で出迎える小粋なはからい

新しいビルやモダンな店が次々とオープンし、最先端の街として人気のある恵比寿。
1本細い路地へ入れば、そんな雰囲気とは一線を画する居酒屋があります。昭和23年創業の「さいき」です。
建物は創業の翌年に建てられたままで、藍色の暖簾をくぐれば、昭和20年ごろにトリップしたと錯覚してしまうほどの、古き良き空間が広がります。
店へ足を踏み入れれば、「いらっしゃいませ!」ではなく、「おかえりなさい!」と迎えられるのが倣い。
その温かな出迎えと独特のゆるい空気感から、女性一人でものんびり寛ぎながら飲むことができます。
三田文学のメンバーが夜な夜な酒を飲んだ歴史ある店

江戸火消しの屋号を記した一枚板が印象的な店内は、年季の入ったL字型のカウンターとテーブル、2階はお座敷で構成。年の刻みと共に飴色に染まった空間から風格を感じとりますが、それもそのはず。かの遠藤周作や安岡章太郎、吉行淳之介といった三田文学のメンバーが毎夜集い、酒を酌み交わした歴史を持つほか、過去に総理大臣が訪れたことでも有名。そのほかにも数々の著名人が今もなお訪れています。

何十年も通い続ける常連さんが多く、カウンターのL字の周辺が常連シートとなっていますが、それはご主人がその前に座っていたから。初訪の方は、黒板の方に通されるケースが多いかもしれません。しかし今やそのルールも崩れつつあるようです。10年ほど前まで、エアコンはなく、お客さんたちは夏はうちわ、冬は石油ストーブでしのいだものでした。が、今ではエアコンが入り、そんな風景もなくなりました。ちょっぴり寂しいですね。
名物料理「海老しんじょう」はぜひ

料理の美味しさでもしられる「さいき」の厨房を、長年守っているのが高橋さん。天ぷらも揚物も注文が入るごとに丁寧に作ることを身上とし、その確かな腕は定評があります。
席に着くとまず出されるのが「お通しセット」(1,404円)。刺身、煮物、サラダなどの3点で、内容はその日のお楽しみ。そのほかは黒板に記されているのがその日の料理。串カツや出汁巻玉子の定番のほか、ほやの塩辛、はもなど旬を感じさせるメニューが35種ほど500円~楽しめます。

なかでも昔から親しまれている名物料理が「海老しんじょう」(972円)です。「孤独のグルメ」にも登場し、すっかり有名になりました。すりつぶしたすり身と海老を揚げたしんじょうはパリッとしていて、上品な味わいです。
また季節料理になってしまいますが、新しょうが天(846円)もあればぜひお試しください。黄金色の薄衣に包まれた新しょうがは、特有のキツさはなく衣の効果でマイルドな味。口に入れればフワリとしょうがのかおりが漂います。
日本酒好きを唸らせる「凍結酒」

お酒は、ビール、焼酎、日本酒を取り揃え、日本酒は熱燗つけ機があり、熱燗やぬる燗など好みの熱さにつけてくれます。サワー類やカクテルはありませんので、ご注意ください。
お酒でおすすめしたいのが「凍結酒」(648円)です。こちらは宮城県の日本酒「一ノ蔵」をみぞれ状に凍らせたもので、このみぞれ状にするため、なんども冷蔵庫から出し、棒でつつき混ぜるという作業を繰り返します。そても手間がかかっているんですね。
まずはシャーベットのように食べてみるもよし、少し溶けるのを待つも良し。徐々に変化していく過程と味を楽しめるのがいいですね。飲み口の良さからクイクイいってしまいますが、あとでどどっと酔いが回ってくる魔のお酒です。飲み過ぎに気を付けましょう! 焼酎は麦と芋(540円~)があり、ボトルキープもできますよ。
69年の時の刻みを感じながら大人飲み

長年通う常連さんが多く、職業もサラリーマンの方やお医者さま、教授などさまざまですが、皆さん礼儀をわきまえた大人の方ばかり。女性一人でも大安心して飲むことができます。
またこちらのルールは「ザ・セイム」。酒場で肩を並べたら、年齢や職業は関係なく、対等の立場でいろいろ話しながら、楽しく過ごしましょうというものです。その通り常連さん同士が非常に仲がよく、忘年会などさまざまなイベントも催しています。初訪の方も、飲んでいる内にいつしか隣席の方と話が弾み、通う内に顔見知りになれるかもしれません。
さらに、帰宅する際は「ありがとうございました!」ではなく「いってらっしゃい!」と見送られますが、この見送り方も味がありますね。次の店へ梯子してしまいそうですが…。
69年間、店をこよなく愛したお客さんたちにより大切に守り続けられ、現在の味わい深い古典酒場になった「さいき」。その想いや歴史を感じながら、しっぽりと大人飲みをしてみませんか?
「さいき」
住所:東京都渋谷区恵比寿西1-7-12
TEL:03-3461-3367
営業時間 :17:00~23:00(LO22:30)
定休日:土曜・日曜・祝日
取材&文/酒場&グルメライター 中沢文子
お酒が大好きなグルメライター。女性が楽しく飲める酒場を発信。